| 5月の山行 |
大峯奥駈道南半分
![]() 太古の辻 |
| 実施日 | 2026年5月4日(月)夜新宿~5月7日(水)前鬼下山 | |
| 参加者 | T、 F、 Is (3人) | |
| 行程 | 5月5日(火) | 歩行時間 8時間 4日(月)集合22:45新宿パスタ23:15 -バス-06:30大和八木06:49-電車-07:39下市口7:55-09:10行者還西口09:30頃⇒10:50奥駈出会11:10⇒13:30弥山小屋(水)13:50⇒14:20八経ヶ岳15:00⇒18:00鮒の垰⇒19:00楊子ヶ宿小屋 |
| 5月6日(水) | 歩行時間 10時間 04:30起床 06:00発⇒鳥の水⇒08:06孔雀覗(ここから核心部)08:24⇒10:30釈迦ヶ岳11:20⇒12:00深仙ノ宿13:00⇒13:56太古の辻⇒15:35二つ岩⇒17:00前鬼 |
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| 5月7日(木) | 05:45タクシ-大和上市⇒名古屋(グルメ)⇒帰我 | |
| 装備 | 標準小屋等宿泊装備+行動・非常食等+防寒具+3~4人用テント(2.1㎏) | |
| 費用 | 約48,000円~/人 | |
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| タクシ-は駅から西口駐車場まで沢沿いの狭い道を走る。GWで、走行、駐車する車の数が半端ではない。釣り客もいる。70分乗車後駐車場、ここは2度目。トイレは有料200円。 雲一つない最高の天気。サブをFさんにお願いし、駐車場から出会いまで、歩き始めから登りが続く。登り始め直ぐにシャクナゲが咲いており、高度を上げると、今度はミツバツツジ。奥駈出会いは当会でも2019年に北から来たが、当時は霧で何も見えなかった。北に行者還岳が聳え、その右(東)には、道路が走る大台ケ原も見える。前回も歩いた階段の路を、ほぼ時間通り弥山着。しかし登りは、私は重い荷と重登山靴は2019年の奥駈以来で、二人には追いつけない。楊枝ヶ宿の水場が片道15分以上要するので、ここで冷たい水を購入(100円/ℓ)。私も2ℓ購入。いったん下り、のぼり返す。オオヤマレンゲを保護するため、やたら柵が設置され、何度も開閉する。八経ヶ岳に着く。前回は雨霧で何も見えなったが、360度の大展望。南にこれから歩く稜線と釈迦が岳を遠望する。西の山が金剛山、二上山と話すと、「金剛山も六甲山も行ってみたい」というので、今度計画しましょうと。予定時間以上に楽しんだ。 ここから先、誰も来ない。地図では宿まで2時間だが、実際は4時間(休息込み)を要した。これはそもそもの歩行時間を極めて健脚な50代の男性であること、年相応の体力に負荷がかかったこと(重量過多)、ル-トロスも20分加わったことなどが挙げられる。 周りはシラビソ、トウヒの林だ。南アルプス深南部と同じ植生。立ち枯れた木があちこちに見える。禅師の森を超え、崩落地を長い垂直の鎖と梯子で通過、振り返るとあれが五鈷峰。そこから右に行くべきところを上に進む。これがル-トミス。そこから舟の垰(わた)辺りまでは平坦な道。コバイケイソウの畑の中を、先へと進む。 岩と土、足場の不安定な歩き難さを私は、「ここは奥秩父と同じですね」、F、Tさんも同意。枝ヶ森を上り返して、すでに18:00は過ぎているが夕日がまぶしい。登山道そばでその写真を撮っていた人がいた。崩落地方面に向かわずに左にロ-プで上りかえして、左手(東)をみると、ようやく楊枝ヶ宿小屋が見えた。18:00到着も誰にも歓迎されず、すでに単独行の3人(うち一人女性)が就寝中。我々は相談して、夕食をとらず、床に就くことにする。夜中に、私はあっちこっちと痙攣をおこし、寒さも加わり、浅い眠りのままだった。その3人は05:00頃には出て行った。なお、水場は4分(1㎏は荷を軽く可)。 |
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| 朝飯を食べ、06:00出発。仏生ヶ岳から孔雀岳までは、小雨に霧、風も5~10m前後吹いてきたが、順調な足取り。孔雀岳横をトラバ-スするが、その後岩稜上の厳しい道を進んで行く。行場{靡(なびき)}と思われる痕跡が多い。右へ行くべきを左に進んで断崖絶壁で行き止まり、ロスと休息で30分要した。写真を撮る間もない、緊張の連続。垂直に切り立った岩崖が続いていて、巻いて歩くとわかっていて、それは難渋する道ということを暗示している。垂直の鎖などを使った登下降が続く。落ちると奈落の底。相変わらず、後ろからくる登山者はいない。雨は止み、1時間40分をかけた難所は越えた。釈迦が岳への急登を登り切り山頂に達する。曇り。誰もいない。 少しすると、1組2人男女(車を稜線の左右の太尾登山口と前鬼にデポした)、1組2人(高齢女性)が前鬼から来たと。写真を撮ってもらい、来たル-トとのことを話すと、ええその(難)ル-トですねと相槌。さらに1組2人(妙齢女性)が前鬼から来た。会話では、2019年の弥山から栃尾辻から天川温泉ル-トのことを話すと、彼女らも歩いた、針金、へっつり(落ちたら助からない)。つまりこの女性達はただものではない。前鬼の宿泊方法やタクシ-の状況などを教えてくれる。先へ行くか、前鬼に降りるかを深仙ノ宿で検討することで先へ急ぐ。霧の中、笹原のなかを雨でぬかるんだ道をすべり、転んだりしながら、下っていく。「こんにちは」と後ろから声をかけられ、妙齢の単独行の女性。弥山からきた、吉野から女人禁制を迂回してと。先へいってもらう。12㎏背負うもなかなか早い。 ようやく深仙ノ宿前のお堂着(ここも泊まれる)。雨が降り、霧も出でて、風もある。 電波は届かず、先ほどの女性がここに泊まることにしたと話す。前日分だが、彼女から天候状況を聞く。今日の天候(山は雨も、下界は晴れか曇り)、めがねの不備、そして前鬼に惹かれるものも感じ、前鬼に下りることに決める。最後深仙ノ宿(電気、充電、置き水あり)に寄ってみると、なんと彼女は牛久出身と私と同じ苗字。会をアピ-ルして大日岳に向かう。大日岳を右に巻き、前鬼への分岐でもあり、「これより南奥駆道」と書かれた標識の立つ太古の辻に到着。今奥駈修行はここまでの間で行われることが多いと聞く。下山開始も、前回時に電車内で、この場所で遭難救助された方の話を生で聞いたことを思い出した(生還というヤマケイ文庫)。ここは道迷いが極めて多い。気を引き締め、前鬼への下りに入った。上の方は崩壊した沢沿いの道。谷を何度も横断し、また土質が真白の酸成岩であるので崩落個所が多い。ガレ場やクサリ場もあり、結構緊張を強いられる。二つ岩着。ここからは鎖はなくなったが、雨のあと不連続の853段の木の階段がある。これが曲者、わかっていながら、私は二度も滑ってしまった。途中アカヤシオが咲いていたが、関東より赤色が強い。小屋着が17:30(素泊まり4,000円/人、電気なし、寝具はあり)。既に2名に同宿人がいる。山の会でクライミングをしている。明日弥山に向かう。つまり我々と逆に歩き、登りの鎖と格闘するわけだ。明日のタクシ-の予約を入れる。なんとダイヤル式赤電話。夕飯と乾杯の会食。Tさんは「荷15㎏はかつての自分の体力ではない。無理」。皆、10㎏までに抑えることで合意。19:00頃には就寝、布団で眠りにつく。 |
![]() 登り始めすぐにシャクナゲ出会う |
![]() ミツバツツジも |
![]() これから歩く稜線と釈迦が岳 |
![]() 五鈷峰一部 |
![]() 上の左上に鎖 |
![]() コバイケイソウの畑 |
![]() 釈迦が岳 |
![]() 霧雨にけぶる深仙小屋 |
![]() 二つ岩 |
![]() やけに赤いアカヤシオ |
![]() 二十九靡の前鬼 |
| 翌朝は、06:00前に宿にタクシ-が来てくれる。登山者はここから30分のゲ-トまでしか車では入れないが、タクシ-は入ってきて、帰りは金具を閉じていた。今度来るときは、営業日はタクシ-なら上まで、車だとこのゲ-トまでとのこと。車中で、電波が通じた時点で、Yさんに下山報告。大和上市着、八木経由、名古屋に向かう。名物ひつまぶしを食べに矢場町に向かうも、連休の休みを代替して、今日7日休みと皆がっくり。気を取りなおして、山本屋総本店の味噌煮込みうどんを食べに名古屋駅へ戻る。次回をできるだけ早く設定して、前鬼から熊野本宮までを歩くことを3人で話し合った *何年も使っていなかった私の靴、スカルパサミットは両足ともソ-ルが割れた。 ( Is ) |